恐るべき日本政治の惨状

とうとう、ついに、うちの国の首相は核カードを投げ出して見せた。
なんたる事だ。

仮に僕がどうしても民主党の立場で、首相の原稿案を書かねばならなかったら、せめてこういう文言を提案する。以下の文章は、決して僕の意見100%ではなく、どうしても「民主党」という看板と擦り合わせなければならないとしたら、ここまでは譲歩する、という一種のシミュレーションである。

『友愛に満ちた世界秩序の構築は、我が日本国が明治以来一貫して目指しつづけたゴールである。
しかし、地球の現状は、その実現にはほど遠いと言わざるを得ない。
核兵器保有は、最終的には破棄されるべきものだが、現状の世界では、ひとつの手段として肯定されねばならない。
戦後の冷戦体制しかり、ひるがえって現在のわが国を支える日米同盟もまたしかり、である。
ただし、武器を使うものは、その痛みを知らねば、正当な行使は為しがたいと我々は考える。なぜなら武力は必要悪であるという考えのもと運用されて、初めて世界を「結果的に」平和に導くものであるからだ。
現在の世界で、それは達成されているのだろうか。
その問いに対する答えを、我々は保留する。
我々は、過去の歴史における選択を、現在の視点で否定してみせる浅薄な態度は取らない。
先人の知恵、道筋、苦渋を理解したうえで、しかしなお、こう問いたい。
この世界に正義は実現されているのか?今後、その点をしっかりと見極めて日本の手段を選択していきたい。
唯一の被爆国であるわが国は、核をコントロールする資格を有していると信ずるが、平和の実現のためには多様な手段が検討されるべきであり、わが国は、まず最初に、友愛を基本とした話し合いから取り組むことを、ここに、世界に向けて宣言する。』


このぐらいでどうだ。このぐらい、許容できんか?
(できるわけがないと知っていて書く僕)